DEF LEPPARD/デフ・レパード

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  • DEF LEPPARD 第二弾!『ヒステリア』リリース時にBURRN!でディスク・レビューを担当した3名による特別寄稿!
    2018.08.13
    『ヒステリア』リリース時にBURRN!でディスク・レビューを担当した3名による特別寄稿! 第二弾はBURRN!大野奈鷹美氏からの原稿を掲載致します。

    ちなみにBURRN!連動企画、レア曲演奏リクエストも受付中です!こちらも要チェック!
    https://udo.jp/concert/DefLeppard/article/329
    とんでもない大ヒット作になった『HYSTERIA』は、DEF LEPPARDとプロデューサーであり自身もミュージシャンであるジョン“マット”ラングとの共同作業による3枚目のアルバムだ。最初は『HIGH’N’DRY』(1981年発表)、それから『PYROMANIA』(1983年発表)、そして、かの『HYSTERIA』。1984年春に曲作りを開始したものの、すでにヒットメイカーとの評判を得ていたマット“お疲れ”ラングの再起動を待っていたため&戻ったマットが、バンドとナイジェル・グリーンで進めていたレコーディング分をほとんどボツにしてやり直しさせたため(それも「はい、じゃ、やり直し」ではなく、部分々々を徐々に録り直していくというバンド側の心理を慮るやり方で)、1984年暮れまでには(そう、あの悲劇の年だ)のちに『HYSTERIA』となるアルバムの収録曲は“完成”していたにもかかわらず、リリースの1987年8月まで、4年半余の月日と、当時のレートで約2億4,000万円(!)の制作費を費やした。前2作もアメリカでかなり売れていたとはいえ、映画1本作れそうな制作費。よくレコード会社も我慢していたもんだ……というか、もちろん当時のマネージメント『Q Prime』(それまでレコード会社で働いていた敏腕A&RがDEF LEPPARDのために作った新しい会社と言ってもいい)のうまい立ち回りもあったのだろうが、いい時代だったねマジで。その後、『HYSTERIA』が話題になるたびに、ジョー“歩くアーカイヴ”エリオットは、この話題作を作る間に何がどうなっていたのか、同じことを同じようにちゃんと語る。日付入りで。それも凄い。その中でも「先端を行きたかった。誰も聴いたことのないものを作りたかった」というバンド側のアルバム制作に対するアティテュードは、ベッドルームにこもって独りだけでもDEF LEPPARDみたいなものを作れてしまう今だからこそ、ひしひしと伝わってくる。当時はレコーディング・スタジオでの共同作業が必須だったからだ。
    1987年に『HYSTERIA』みたいな音を出していたバンドはいなかった。どんなにショボいステレオセットで聴いても、カセットテープにダビングされたのでも、あのキラキラした音&微妙なテンポ(ここ、だいじ)の楽曲は“なんか違う”と判ったはずだ。そのレコーディングのやり方に関しては、今やけっこうバラされているが(ギターの多重録音方法とか、ヴォーカル・ハーモニーの重ね方とか、なによりも、あのドラムの半生的なサウンドとか)、当時は「なんだかわかんないけどオシャレ~」てな感じで受け止めた。それでだと思うが、アメリカで結構売れてきたとはいえ、英国シェフィールドのお兄ちゃんたちにしてはオシャレすぎる、というのが当時の自分の感想だった……と思う。だからBURRN!史上初のアルバム・クロス・レビューの筆者の中で最も低い点数(と言ったって89点ですけど)を点けちゃって、「ジョーのヴォーカリストとしての実力はアップし、曲作りも(ポップ畑側からみると)向上したのだろうと思う。今回は今までよりさらに抜けのよいサウンドになっていて、さすが大物の作ったモダンな作品、時代の先端を行く音作り、というべきなのだろう。やっぱり彼らは根本的にはおしゃれなR’n’Rバンドなんだなってこともよく判る。だけど、ここまで電気的処理や仕掛けがなされてよいんだろうか? THE POLICEやPLANET P PROJECTやREO SPEEDWAGONみたいな曲を彼らがやってよいんだろうか?」とまあ、なに言ってんだこいつ、と自分でも思うような偉そうなことを書いてしまっているのである。ごめんね、ジョー。
    1987年の数年前から、エレクトロニクスの発達がものすごい速度でアーティスト、スタジオを襲撃していた。シモンズという固有名詞はエレクトロニック・ドラムスとイコールになったし、Pro Toolsの前身でテープを必要としない録音システムSound Toolsは1987年に登場した。その手のことに興味のあるミュージシャンにとっては際限のないオモチャ箱であり、レコーディング・エンジニアやプロデューサーらにとっては、元手はかかるが逸早く習得して“楽曲を斬新なものに作り変える魔法のサウンド”をものにしないことには、その後の生活に関わる学習のネタが、次々と登場してくる時代だった。そんな中、それをやっちゃあDEF LEPPARDだよ、とされるサウンド(音そのものも、楽曲のアレンジの仕方も)を示したのが『HYSTERIA』だったのだ。そのフレーズは誰それのアレ、とか、その歌詞は誰それのアレ、といった類似点ではなく、あのサウンドとあのテンポ、という、楽曲ではなく、プロダクションが似ているから同じ類に聞こえるというものを作ったのが『HYSTERIA』だったのだ。実際、そういう楽曲、そういう音作りを目指したフォロワーもいたにはいたが、そのどれもが「とっても残念」だったような記憶がある。というのも、マット“それをやっちゃあ……”ラングが、『HYSTERIA』後、時を得ては「あれは私の印です」と言わんばかりに、ブライアン“素朴なカナダのお兄さん”アダムスの“(Everything I Do)I Do It For You”(1991年)とか、当時の妻シャナイア“一応カントリー歌手なのよ”トゥエインの“You’re Still The One”(1998年)とか、はては2000年代に入ってからもNICKELBACKの『DARK HORSE』(2008年)とか、“あのサウンドのあのテンポ”のアレを復刻させて、そのどれもがギガ・ヒット。と世の中みんなどんだけ『HYSTERIA』が好きなんだって(笑)。そういえば、初期の頃はDEF LEPPARDみたいなことをやっていた、かのPANTERAは、その後路線を転向して彼らならではのサウンドとノリを生み出し、「それやっちゃあ……」と言われる域にまで達したバンドだった。きっと、その「孤高へのアプローチ」は、彼らの音楽的ルーツと無関係ではないと思う。
    正直な話、1987年で個人的に真っ先に思い出すものは、『HYSTERIA』のリリースではなくてHELLOWEENの初来日だったりするわけだが、彼らもまた、稀代のヴォーカリストを入れ、スタカート・ギター・リフを編み出し、「それをやっちゃあ……」と言われるバンドになった。お気づきかもしれないが、「それをやっちゃあ……」というのは、その元ネタが現役である限り、言われ続けることになっている。そして、現時点では誰も元ネタを超えてはいない。ここ、だいじ。

    大野奈鷹美

    連載記事一覧

    第一弾:増田勇一氏
    第二弾:大野奈鷹美氏
  • DEF LEPPARD 『ヒステリア』リリース時にBURRN!でディスク・レビューを担当した3名による特別寄稿!
    2018.08.06
    1987年の8月に『ヒステリア』がリリースされた際に『BURRN!』でディスク・レビューを執筆したライター3名に改めて『ヒステリア』への思いを綴ってもらった特別企画がスタート!歴史的名盤が生まれた背景、当事者のみぞ知る当時の状況など長きにわたってバンドを追いかけた3名による寄稿を読んで10月の来日公演に備えましょう!
    まずは第一弾として、増田勇一氏の原稿を掲載致します。
    今だから言えることだが、31年前の僕は『HYSTERIA』というアルバムを待ち焦がれていたというよりも、聴くのが怖いという気持ちでその到着を待っていた。このDEF LEPPARDによる第4作は、前作にあたる『PYROMANIA』から4年半もの年月を経て発表に至っているわけだが、その時間経過のなかで何が起きたのかについては言うまでもないだろう。一時は復帰不可能と見られていたリック・アレンがバンドにとどまったことはもちろん嬉しかったが、どれほどテクノロジーの進化により補える部分があろうと片腕を失った彼がドラムを演奏し続けることには苦痛が伴うはずだし、その音楽自体にも何らかの変化が生じざるを得ないはずだということが、26歳の駆け出し編集者だった僕にも予想できていたからだ。
    最初に聴いたのは、先行シングルとしてリリースされた“Women”だった。第一印象は「遅い!」だった。曲調自体も妙に地味な印象で、それまでの彼らのような溌溂とした若々しさが感じられなかった。時代的には全米ロック・シーンのトレンドの主導権がラジオから完全にMTVへと移り、ハリウッド的な華やかさをまとったバンドたちが表舞台を闊歩していた頃のこと。これではDEF LEPPARDは埋もれてしまい兼ねないし、もしかしたらバンド自身もある種の〈メタル離れ〉みたいなことを考えているのかもしれない――そんな不安を抱きながらアルバムの到着を待っていたように思う。
    正直なところ、ようやく届いたアルバム全曲の音源を最初に聴いた時の感触は、よく憶えていない。が、冒頭に収められているのがすでに免疫のある“Women”だったことを考えれば、そこで衝撃をおぼえたとは考えがたい。しかも次々と顔を出す楽曲たちはいずれもインパクトやスピードの面においてあからさまな強烈さを伴ったものではなかった。しかしおそらく僕は、不安を抱えながら聴き始めたこのアルバムの楽曲たちの馴染みの良さ、アレンジの妙、そしてサウンドの質の高さに気付かされたのだと思う。だから当時のBURRN!誌でのアルバム評にも〈音質にはあまりこだわらない自分ですら思わず声をあげてしまうほど音の良いアルバム〉などと書いている。
    その評のなかで僕は同時に、ジョー・エリオットの歌い手としての進歩、楽曲群の充実ぶりについても触れながら、〈テクノロジーに走ってからのQUEENを連想させる部分も〉などと記述していたりもする。シンセサイザー使用を拒み続けていたQUEENが、そのこだわりを捨てた以降の作品に通ずるものを感じていたのだろう。
    僕自身がDEF LEPPARDというバンドを知ったのは、かつて新宿にあったTSUBAKI HOUSEというディスコで伊藤政則氏により開催されていた『HEAVY METAL SOUNDHOUSE』でのことだったはずで、当初は〈ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタルのムーヴメントから登場した、若くてルックスの良い、ややアメリカ志向のバンド〉というふうに見ていたように思う。そうしたイメージは『PYROMANIA』当時まで変わることはなかったが、この『HYSTERIA』に触れて気付かされたのは、ヘヴィ・メタルの枠に囚われない音楽的なレンジの広さであり、〈もしかしたら根っこにあるのは自分と同じものなんじゃないの?〉ということだった。
    ジョー・エリオットよりは年下だけどもリック・アレンよりは年上の僕にとっては、QUEENとKISS、AEROSMITHが中高生時代の三大バンドだったし、初めて観た海外アーティストの来日公演は、1976年の夏にやってきたSWEETだった。SLADEもCHEAP TRICKも大好きだし、実はTHE POLICEあたりも好きだったりする。そして、この『HYSTERIA』の端々からはそうした自分自身の背景や嗜好に重なるものが垣間見られ、なんだかこのバンドの存在が自分にとってそれまで以上に身近なものとして感じられるようになったのだった。だから、のちに彼らがSWEETの“ACTION”をカヴァーした時には「やっぱり!」と思わされたものだし(しかもジョーが初めてライヴを観たバンドもSWEETだったのだという)、ジョーが取材時に“Pour Some Sugar On Me”について「あのアイデアはQUEENの“We Will Rock You”から拝借した」と自ら暴露し、さらに「それをさらにパクったのがWARRANTの“Cherry Pie”だけど」と言い放った時には一緒になって大笑いさせられたものだ。
    ひとつ補足しておくと、1987年当時の僕はまだ一度もDEF LEPPARDのインタビューをしたことがなかった。それは単純に、当時の編集部内での担当振り分け上の都合によるもの。そして結果、初めて彼らとの対面取材をしたのは、1991年1月、ロサンゼルスでのことだった。しかもそれは、バンドがスティーヴ・クラークの他界を経て『ADRENALIZE』を録り終えた直後のこと。まだヴィヴィアン・キャンベルは加入していなかった。やっと実現した初取材だというのに、いきなり悲しい出来事について訊かねばならない。そんな巡り合わせの皮肉さには辛さも感じたが、その取材を経たことで彼らとの距離は一気に縮まったように思えた。
    以降も、たまたまダラスでの取材当日に誕生日を迎えていた僕のためにメンバーたちが楽屋で“Happy Birthday”を合唱してくれるなど、さまざまな思い出深い出来事があった。が、やはり彼らと僕を近付けてくれたのは、この『HYSTERIA』だったのだと思う。その愛着深いアルバムの全曲再現を彼らがどんな成熟感をもって披露してくれるのか、そしてそれが2018年の自分にどう聴こえるのかが楽しみでならない。

    増田勇一

    連載記事一覧

    第一弾:増田勇一氏
    第二弾:大野奈鷹美氏
  • DEF LEPPARD 来日記念『ヒステリア』30周年記念エディションの初国内盤化決定!
    2018.07.10

    今年10月に行われる『ヒステリア』全曲再現の来日公演決定を記念して、2017年に発売された『ヒステリア』30周年記念エディションのうち日本盤未発売だった1CDと3CDが、初めて国内盤化となり9月に発売されることが決定しました!

    商品の詳細はこちらをご覧下さい

  • DEF LEPPARD 『BURRN!』連動企画・レア曲演奏リクエスト!
    2018.07.04

    『BURRN!』8月号(7/5発売)のインタビュー内にて急遽決まった日本公演でのレア曲演奏リクエスト。

    2013年にラスベガスで行われた『HYSTERIA』再現ライブでは、DEAD FLAT BIRDという名義でバンド自らがデフ・レパードの前座としてアルバムに収録されていないレア曲を演奏。
    今回の来日公演でDEAD FLAT BIRDとしての演奏はありませんが、バンドたっての希望として、日本のファンのためにレア曲を演奏してくれるということで、
    あなたが『HYSTERIA』以外に演奏してほしいデフ・レパードの“レア曲”を募集致します!
    (投票結果はバンド側の考慮の対象となりますが、必ず演奏されるとは限りません。ご了承下さい。)

    沢山のご応募をお待ちしております!

    <注意事項>
    応募はおひとり様1回までとなります

    <受付締切>
    2018年8月25日

    <結果発表>
    当サイト並びに『BURRN!』11月号

  • DEF LEPPARD ジョー・エリオットからメッセージが到着!
    2018.06.27

    10月の来日公演に向けてメッセージが届きました!

  • DEF LEPPARD 来日公演決定!
    2018.06.04

    全世界2,500万枚のセールスを誇る最高傑作『ヒステリア』全曲再現ライブ! 「HYSTERIA & MORE」開催!

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