RINGO STARR And His All Starr Band/リンゴ・スター アンド・ヒズ・オール・スター・バンド

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  • RINGO STARR And His All Starr Band 東京初日公演のライヴレポートが到着!
    2019.04.04

    ●RINGO STARR AND HIS ALL STARR BAND
    2019年4月3日(水)
    東京 昭和女子大学 人見記念講堂

    リンゴが日本に帰ってきた!
    約2年半ぶりのジャパン・ツアー。リンゴ・スター・アンド・ヒズ・オール・スター・バンドを率いての来日だ。
    すっかりレギュラー・メンバーとなっているスティーヴ・ルカサー(ギター、ヴォーカル/TOTO)とグレッグ・ローリー(キーボード/元サンタナ〜ジャーニー)に加えて、今回はコリン・ヘイ(ギター、ヴォーカル/元メン・アット・ワーク)が初参加。また、ヘイミッシュ・スチュワート(ベース、ヴォーカル/元アヴェレージ・ホワイト・バンド)が2008年以来の参加を果たしている。さらにグレッグ・ビソネット(ドラムス/元デイヴ・リー・ロス・バンド)とウォーレン・ハム(サックス、パーカッション/元カンサス)という実力派が加わったバンドは、“オール・スター”の名に相応しいものだ。

    客電が落ち、バンドがぞろぞろステージに上がると、最後にリンゴが登場。さっそくトレードマークのダブル・ピース・サインを披露、一気に観衆を沸かせる。
    「マッチボックス」「明日への願い It Don't Come Easy」「消えた恋 What Goes On」というレアめの3曲から始まったショーだが、場内はスマイルに溢れ、マニア特有のギスギスした雰囲気はない。もちろんそれは前回の来日公演でもこの3曲が演奏され、馴染みがあるのも理由だが、フロントマンとしてのリンゴの暖かみによるものが大きいだろう。ステップを踏みながらステージ左右を行ったり来たり、常に観衆とのコミュニケーションを取る彼は“元ビートルズ”らしからぬ親しみを放っている。そんな暖かみは観衆にも伝わっていき、リンゴに「ホワッツ・マイ・ネーム?」と訊かれると、律儀に「リンゴ!」と答える。

    リンゴがドラムキットに向かうと、オール・スターに焦点を当てたコーナーのスタートだ。
    オール・スター・バンドのライヴの魅力は、それぞれのスター達が自分の“持ち歌”を披露するのに加えて、他のスター達とのコラボレーションを行うことにある。グレッグ・ローリーが在籍したサンタナのファースト・アルバムからの「イヴィル・ウェイズ」では、スティーヴ・ルカサーがカルロス・サンタナばりの情熱的なギター・ソロを弾きまくった。
    グレッグに「7年来の友達だよ」と紹介されたスティーヴは、1ヶ月前にTOTOで40周年ジャパン・ツアーを行ったばかり。「これから一生、毎月日本に来るよ!」と宣言する。先月、日本中のTOTOファンが聴いたばかりの「ロザーナ」を再び聴くことが出来るとは、この国もまだ捨てたものではない!
    アヴェレージ・ホワイト・バンドの「ピック・アップ・ザ・ピーセズ」からメン・アット・ワークの「ダウン・アンダー」と、全米ナンバー1ヒットが続く豪華なライヴ(ちなみに「ロザーナ」も全米2位のヒット)。とはいっても、ステージ上にいる彼らはみんな友達だ。ヘイミッシュとコリンは「僕たちは2人ともスコットランド出身なんだよ」と肩を組む。(オーストラリアを代表するロック・バンドのひとつであるメン・アット・ワークだが、コリンは実はスコットランド生まれで、14歳のときにオーストラリアに移住したのだとか。余談ながらAC/DC、オリヴィア・ニュートン・ジョン、ビー・ジーズ、グラハム・ボネットなど、イギリス出身でオーストラリアに移住したアーティストは少なくない)
    そして舞台の中心は、“主役”のリンゴに戻る。「私が昔いたバンドの曲だ。ローリング・ストーンズというバンドだよ」というギャグを飛ばす権利がある人間は、世界にたった2人しかいない(リンゴとポール)わけだが、 演奏されたのは、リンゴがビートルズ加入後、初めてリード・ヴォーカルを取った「ボーイズ」だった。アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』では決して目立つポジションにあるわけではないこの曲だが、会場がひとつになって「パッ、シュワッ」とスキャットを歌う。
    それだけで十分以上の盛り上がりというのに、ダメ押しのように「ドント・パス・ミー・バイ」「イエロー・サブマリン」の2連発が飛び出す。どちらかといえばのんびりした、牧歌的なメロディの両曲だが、観衆のヒートアップは尋常ではなかった。リンゴは満足そうな笑顔を浮かべ、いったんステージを後にする。

    そうしてオール・スター・コーナーの第2幕が始まる。「初めて日本に行ったとき(1976年)、この曲が流行っていたんだよ」というヘイミッシュの紹介から始まったのが「カット・ザ・ケイク」。そしてグレッグが「ピーター・グリーンが書いて、フリートウッド・マックが録音した」と紹介したのが、サンタナでも有名な「ブラック・マジック・ウーマン」だった。この曲では再びスティーヴが火を噴くリード・ギターで会場の温度を上げる。
    リンゴがステージに戻り、「ユア・シックスティーン」「アンセム」で観衆を和ませる。彼は後者を「ピースとラヴのアンセムだ」と紹介し、本人のみならず観客もダブル・ピース・サインを掲げて平和と愛への支持を表明した。
    それから後は、曲目をリストアップするだけで全身が熱くなっていくヒット・パレードだ。メン・アット・ワークの「オーヴァーキル」、TOTOの「アフリカ」、アイズリー・ブラザーズの曲をアヴェレージ・ホワイト・バンドがカヴァーした「ワーク・トゥ・ドゥ」、サンタナの「僕のリズムを聴いとくれ Oye Como Va」、ビートルズ「彼氏になりたい I Wanna Be Your Man」、メン・アット・ワークの「ノックは夜中に Who Can It Be Now?」、そしてTOTOの「ホールド・ザ・ライン」...いったい合計で何千万枚売れたんだ?と眩暈がしそうな曲が続く。

    一連のヒット・ナンバーが続いても、“主役”のリンゴは余裕しゃくしゃくだ。それもその筈、「今日来てくれたみんな、大好きだよ。みんなの写真を撮りたいね!」という前置きから始まった「想い出のフォトグラフ Photograph」も全米ナンバー1を獲得しており、リンゴ自身が他のメンバーとまったく遜色ないヒット・メイカー、しかも“元ビートルズ”なのだから。だからといって尊大な素振りをするリンゴではない。ライヴ全体に音楽へのスマイル、ラヴ、ピースが漲っていた。
    「アクト・ナチュラリー」で喝采を浴びた後、グランド・フィナーレとして演奏されたのが 「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」だ。作曲クレジットこそレノン/マッカートニーだが、誰が何と言おうがビートルズ時代のリンゴの決定的な代表曲。この曲をプレイせずしてステージを後にすることは出来ないし、ファンも家路に就くことが出来ない。一緒に歌って、手拍子を打って、ショーは幕を下ろした。最後にはかつての盟友ジョン・レノンの「平和を我等に Give Peace A Chance」が付け加えられた。リンゴが高くダブル・ピース・サインを掲げて、オール・スター・ショーは終わりを告げた。
    アンコールは無しとはいえ、たっぷり24曲、2時間のステージは、満腹感を伴うライヴだった。近年、ベテラン・アーティストの公演では観客が着席、アンコールになって立つことが少なくないが、この日は1曲目からオールスタンディング状態。みんな立ち上がらずにいられない、そんな楽しいライヴだった。

    文/山崎智之
    写真/土居政則

     

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