COMMENT
ジョージ・カックル
ジョージ・カックルDJ
 去年僕の友人がボブ・ディランのライブを見た後、こう言ってきた。「風に吹かれて」(Blowing In The Wind)を歌ってくれなかったよ、と。チェックしてみると、アンコールで歌っていた。ボブ・ディランは同じ曲を何千回も歌っているから、時によって同じ曲と思えないほどアレンジしてしまうことがある。そんな時は歌詞をじっくり聞かないとわからない。でも、だからこそ彼のライブは生き生きしているんだ。自分に新しいインスピレーションを与えているんだろう。
 僕たちが生きている間、これほどのアーティストは二度と現れないと思う。流行するアーティストは続々と出てくるが、ボブ・ディランほど世界に影響を及ぼす人は出てこないだろう。僕たちはまるでシェイクスピアが生きている時代に、彼の演劇を観に行くみたいなものだ。
 ボブ・ディランは1962年のデビューだが、初めてグラミー賞をとったのは1973年のことだ。「風に吹かれて」は1963年の作品だっていうのにね。その頃、グラミーをもらうべきだったと思うよ。2016年にはノーベル文学賞も受賞したけど、これだって随分遅かった気がする。しかしながら、彼にはそういう賞さえ、必要ないかもしれない。もらえる賞より彼はもっと大きな存在だと僕は思うよ。
天辰保文
天辰保文音楽評論家
ボブ・ディランには、若い頃から驚かされてばかりで、近年ではノーベル賞受賞に関する出来事がありましたが、いちばん驚かされるというか、感心させられると言ったほうが正しいのですが、それは78才になったいまでもライヴを活動の軸にしていることではないでしょうか。しかも、とびっきりお洒落で、老いた詐欺師のようなたたずまいからして、ステージに現れるだけでワクワクさせられる、あの圧倒的な存在感は誰もかないません。そして、彼の歌とバンドの演奏以外の、ありとあらゆる存在が消されてしまうような、大袈裟に言えば、この場所、この瞬間だけが宇宙に存在しているような、ぼくはただ、彼と一対一で向き合っているような、そんな奇妙な錯覚にさえ襲われることがあります。そして、ふと現実に戻ったとき、新たな想像力を鍛えてもらっていることに気がつくのです。